いつかのどこかの箱の中

つらい、しんどい、やさしい、たのしい

サッカー観戦に行ったけど、自己肯定感について

どもども、まりもっちです。雑記です。

 

私は自分に自信が持てなくて悩んだりしてたのですが、最近はだいぶ改善されて自己肯定感も上がってきました。もう自分に自信がないことで悩んだりとかはほとんどないし、毎日ちゃんと幸せです。

 

そんな私が人に誘われてJリーグのサッカー観戦に行くことになりました。でもね、実は私、サッカーはほとんど興味がありません。

なぜ行くことになったかと言うと、本来行くはずだった人が行けなくなって、このままではチケットもお金も無駄になってしまう、困った困った〜……って話になってて、「そんなら私が行きましょうか?」って言ったのがきっかけです。

それだけっちゃそれだけだし、誰にも言ったことなかったのですけど、私ね、周囲で何か困った事態になっているときに、私1人が泥をかぶってみんなが助かるならそれでいいかな?とか思ってしまって損な役を引き受けるの。(サッカー好きの人、ごめんなさい。観戦が損ってわけじゃないですよ。サッカーを好きでもない私が時間とお金をかけてわざわざサッカーを見に行くってことが損かなって話で、好きな人が見に行くのはもちろん損じゃないです)

 

「困ってるんだ?じゃ、私が行きます!」って、人のためと見せかけて実はエゴかもしれません。承認欲求なのかな?自分が損しても感謝されたいとか、感謝されなくても私のお陰で助かった人がいるって思いたいとかね。なんじゃそれって感じですけども。

「私が行きます」じゃなくて「私も行けそうな人(且つ行きたがってる人)を一緒に探します」の方が良かったですね。そしたらチケットも余らないし、行きたい人が行けてwinwinで損な人がでないわけですし。

 

そんな訳でちょっぴり後悔もしたのですけど、それはさておき、行くって決めた以上は出来るだけ楽しんでこようと思いました。でもなんだか不安だったんです。

 

不安、不安、不安……

 

だってね、サッカー観戦に行く人たちはみんなサッカー好きなわけじゃないですか。そんな熱量の多い人たちに連れられて行くサッカーファンじゃない私……。話も合わないし、足を引っ張るかもしれないし、みんながドン引きする無知な発言をするかもしれないし……。

(あちゃー、最近の私、自信あるわって思ってたのに勘違いだったみたい)

そこで私の計画としては、なるべく目立たずひっそりしていよう、でもみんなが盛り上がっているのに冷めた態度では場がシラケるので顔はニコニコして楽しんでいる雰囲気で〜〜〜、とか思ってたのですが、意図的に楽しそうにするのは楽しくないよね。でも杞憂でした。実は結果的にはすべて取り越し苦労でした。

 

普通に楽しかった〜。良かった〜。

 

試合開始のだいぶ前に到着したため、会場内で飲みたい人はお酒とおつまみを買い、私はソフトクリームを買いました。この時点でふわふわとお祭り気分。
あら、私ったらさっきまで何を不安に思ってたのかしら?やだ、楽し〜。

 

「サッカーのルール、ほとんどわからないんだー」と早々にカミングアウトしてみたら、

「そんなの全然大丈夫!ゴールにボールが入ったら1点。それだけわかってれば楽しめる」ってさらっと言ってもらえたので、そっかー、その程度なら私も知ってる!ってハードルが一気に下がりました。

実は私ね、実は実は実はですよ、なんとななななんとなんと!オフサイドも知ってるし、イエローカードやレッドカードも知ってるんです。すごくないですか?(←謎のドヤ顔)

勇気付けられると、急に調子に乗り出す私です。

 

知らないことは、一緒にいる人たちに聞いてもいいのよね?そんなこと当たり前なんだろうけど、無知なのがバレたらすぐ怒られたり笑われたりするでしょ?って思ってしまうの。だってうちの実家ではそうだったよ。身についた習慣になってるのね。

 

わからないこと、できないことがあっても、意外とみんな私を笑ったりしないんですよね。みんな良い人なんだなー。

たまに見下してくる人もいてヘコむんですけど、誰かを見下す人ほど人から見下されるのを怖れている気がします。

 

他の方々のブログを見ると、オシャレな美容院に入りづらいとかスタバに行けないとか書いてあるのをたまに目にします。たぶん気後れするんですよね。その場にそぐわない自分……みたいな感じでね。なんかわかるわ〜。いや、私は美容院もスタバも行けるんですよ。でもわかる。そして、今回サッカーに行くことになってこの気後れ感を味わいました。

 

誰でも最初は初心者だし、人からどう思われるかとか気にする必要はないし、そんなことは知識として知ってるんですけど、まだ細胞レベルで私の中に浸透はしてないみたい。(細胞レベルって、ブルゾンちえみみたいな表現!)

勝手に敷居を高くして、実際は困難じゃないものに勝手に怯えて不安がっちゃうんですね。困ったもんです。

もっと肩の力を抜いて生きたい。

 

おしまい。